Vol.15

 「〜その15〜」

 電車が山陽本線大畠駅に到着したので、ため息をつきながら座席を立ち、電車を降り、重い足取りで陸橋を渡って改札口に向かう。

気落ちしたまま改札口を出て、歩いて僅か一分足らずの距離にある家までの間だが、持っていた製図板やT定規などが妙に重く感じていた。

家に着くと、両親が試験の出来具合を聞いてくるが、「う〜ん、ダメかも・・・」と返事をしながら二階の自室に上がり、ベットの上に体を投げ込んで、後頭に両手を回して天井を見ていると、試験の状況を思い出し「あれが・・・」いや!「あれを・・・」と考えれば、また気が重くなった。

そうしていると下から「潤ちゃん、ご飯よ」と母親の声がしたので「わかった」と大きな声で返事はしたものの、一緒に食事をすればきっと試験のことをあれこれと聞いてくるだろうと思うと、益々憂鬱な気分になったが、そういうわけにもゆかないか・・・と思いながら下に降りた。 

食事が始まると、案の定、試験のことを聞いてきたので、「気が重くなるから、もう聞かんでくれ」と返事し、さっさと食事を済ませて二階に上がり、憂鬱な気分を引きずりながらまた「面積表を書き忘れたからな〜大きな減点だろう・・・それにまだあれもこれも書き忘れたような気がする・・・」と際限なく頭の中が堂々めぐりを繰り返す。

そんな想いを数時間繰り返していたが「まあ、しかし済んだことを今更思っても仕方がない。来年頑張ろう!」と気を取り直してパジャマに着替えて眠りに就こうとするが、なかなか寝付かれない夜であった。

 翌日会社に出て行くと、みんなが昨日あった試験の様子を聞いてくるので、私は試験が終わり、便所に行って思いだした「面積表を書き忘れたような気がしていること、他にも幾つか間違っていると思っている部分がある」ことを話すと、最年長の所員が「それで、川田君、全部書き上げたんね?」と聞いてきたので「ええ、一応全部書くことは書いたんだけど・・・」と答えると、D社を退社してこの事務所に来ている大学の先輩が「川田君!大丈夫、きっと通っている」と受験してない者が自信たっぷりに言ってくれる。

私は「でも、面積表とか・・・他にも・・・」と同じ話を繰り返すが「いや、大丈夫と思う」と気落ちしている私を励ましてくれ、暫くこの話題で盛り上がっていたが、「さあ、仕事しよう!」と最年長の責任者の声でみんな仕事に取りかかる。 

 暫くして所長が出勤してきたが、試験のことについて何も聞いてこなかったので、やれやれ、又同じ話をしなくて済むわ・・・と思うと少し救われた気がした反面、なんだ!関心もないのかい、と残念な気も起こり複雑な心境になった。

そして、日々が過ぎるごとに私も皆も試験に対する関心が薄れきて話題にも上らなくなったけれども、仕事ではまだ十分に通用する図面が書けずに苦しんでいた私は、兎に角、早く書けるようにと情熱を燃やしていた。

建築が好きでこの世界に入ったわけではないのに、妙なことになったものだと自分でも不思議な感じがしていた時期だった。

 二ヶ月が経ち、試験のことなど脳裏から消えかけていた頃のある日、午後三時過ぎに事務所の電話が鳴った。事務所に掛かってくる電話にはいつも誰かが決まって出るわけではなく、仕事の状態で切りの良い者が所内の空気を察して自主的に出ていたが、丁度その時は仕事の流れの切りが悪かった私は電話に出られず、他の者が応対した。

応対した者が「ちょっと待って下さいよ、川田君電話じゃ、山口県建築士会から」と言うので「はい」と返事をしながら電話を取ると「川田さんですか?」「はい、そうです」「こちらは山口県建築士会ですが、一級建築士試験に合格しておられます。おめでとうございます」と声が流れてきた。

「そうですか・・・有り難うございます」「それでは、これから免許申請の手続き用紙などを送りますから・・・」と神妙な顔つきで電話でのやりとりをしながら大学の先輩の方を見ると、こちらを見ながら口が「合格?」と聞いているので、首を縦に振り「うん、うん」とうなずくと、先輩の顔に笑みが浮かび、口が「よかったね」と動き、とても喜んでくれている。

電話を終えて「合格してました。有り難うございます」と言うと、口髭を生やした設計能力の長けた先輩が「よし!祝いをしよう!川田君祝いじゃ!」と言ってくれたので、今日仕事が終わった後にでも会食会でも開いてくれるのだろうか?と思いながら「有り難うございます」と言うと、「よし、それじゃあ川田君、ビール買うてこい!」と訳の分からない返事か返ってきた。

「えっ〜今からですか?」と怪訝そうに聞くと「当たり前よ〜祝いは直ぐするものよ」と言うので「じゃあお金出して下さい」と返すと「馬鹿たれ!川田君が合格した祝いなんだから、自分で買ってきて祝うものよ」と、なんだかよく判らないことを言うのだが、合格した嬉しさもあり「判りました。行ってきます」と返事をして、会社の近くにある酒屋の自動販売機に向かう。

六本の缶ビールを買って事務所に戻ると「お〜よしよし買うてきたか、さあこっちへ持って来い」と言われて事務所の全員にビールを渡すと「それじゃあ〜川田君の一級建築士の合格を祝って乾杯!」の声が係り、全員が缶ビールの蓋を開けて飲み始めた。

何とも奇妙な合格祝いではあったが、この形態に何となく面白さを感じていてた私は、とても愉快な気分になれた一日だった。

                                   続きの感想は後日