Vol.17

 「追録〜その1〜」

 国家資格の話は前回で終わりにして、建築士資格取得専門学校の講師をしていた時の話に移ろうと思い、この専門学校の講師に招請された経緯を思い出していたら、そう言えば、私は建築士以外に、もう一つ資格を持っていたことに気付きました。

その資格とは「宅地建物取引主任者」の資格で、この資格は一般的に言えば、不動産業を営む場合に必要な資格と思っていただけたらよいと思います。

しかし、それにしても資格を持っていることを忘れているとは「けしからぬ」ことだと思いますが、日常使うことがないこの資格、脳裏から消えていても仕方がない!と言うことにして下さい。

 そこで、私が何故「宅地建物取引主任者」の資格を持っているのか?と、この資格と建築士資格取得専門学校講師と、一体どのような関わりがあるのかについては、「宅地建物取引主任者」資格取得の動機と経緯をお話ししますので、ご理解いただけると思います。

 私は31歳で設計事務所を開設したものの、当てにした仕事があって独立したわけではないので、多少なり面白くないと感じる日々も続いたけれど、二、三年が経つ内に、新しく出会いのあった方や運にも恵まれ、ぼつぼつと仕事の依頼が来るようになっていた。

そんなある時、友人の紹介で五十代前半の女性の方から設計依頼があり、軽量鉄骨造二階建て住宅の企画・設計に取りかかった。

企画も上手くゆき、設計も順調に進んで、さあそろそろ確認申請の準備をして、施工予定業者にも工事の見積依頼をしなければ・・・と思う頃に、この女から突然「先生!この建物で固定資産税は幾らくらいかかるようになるのでしょうか?」と聞かれた。

私は「税法については詳しくないので、税理士に聞いてみましょう」と答えてみたものの、そう言えば、我々は建物を建てる仕事をしているのだから、固定資産税について聞かれたら、おおよその返答が出来るようになっておかなければ・・・とも思ったが、でもまあ、建築主から土地や建物関連の税金について聞かれたら、その都度税理士に尋ねれば良いか・・・と甘く考えていた。

 数日中に顧問税理士に電話を入れて「固定資産税について教えてください」と言うと、返ってきた返事は「う〜ん、固定資産税ね〜、調べてみなければ判らないけど・・・」であった。

思わず私は「税金の関係でしょう、調べてみなければ・・・と言うのはどういうことですか?、このような問い合わせは無いのですか?」と尋ねると、「いや〜、こういうのは余りやらないんだよね」との返事だったので「土地や建物に関わる税金は税理士さんの業務範疇ではないのですか?」と再度尋ねてみたが、どうやら、土地や建物に関わる税金は詳しくないと言うのだ。

建築主に調べておきますと言った手前、このままでは会わす顔がない・・・「それじゃあ、こういう関係のものは何処で聞けば判るんですか?」と聞くと「不動産関係かな・・・」との返事が返ってきた。

まだ世間知らずの私は、税金のことだから、てっきりこれは税理士で判るものだとばかりに錯覚していたということだ。

電話を置いて、溜め息混じりに暫く考えてみたが、不動産の関係・・・と言うことは、まさか不動産屋では無かろうから、不動産鑑定士に聞けば判るということか・・・しかし、私は不動産鑑定士に知り合いがいない。

さて・・・と困ってしまったが、調べて返答する約束をしているので、このままにしておくわけにはゆかない。

 私はある意味とても損な性分を持っていて、この件などは「税理士に聞いてみたけれども、税金のプロが判らないというので、どうしようもありませんでした」と答えたからといって、別段責められるわけでも無かろうと思うのだが、私はどのような約束事であれ、一旦約束をしてしまうと「ごめんなさい」を言うことくらい恥ずかしいことはないと思っているものだから、どうにもならなくなる。

ということで、私は今日まで60年近く人生をやってきたが「ごめんなさい」と言ったことは皆無に等しい。そのお陰で金銭的には随分と損をしてきたけれども、それに替えられないほどの大きな信頼と信用も得てきた。

そこで、割と親しくしていた建設業者に勤務する営業の方に聞いてみたら「建物の階数、構造、面積が判れば大体の見当がつくので、図面を見せて欲しい」と言ってはくれたものの、施工業者は建築主推薦の業者で決まっているので、「実は・・・」と、心苦しい胸の内を伝えたけれども「そんなことは、別段気にしないで下さい。構いません。それでは近い内に伺います」と言ってくれ、資料を取りに来てくれるという。

とても恐縮したけれども、その好意に甘えて「では、お願いします」ということになり、後日設計図書を渡した。

数日後に電話をもらい「先日の件が出来上がったので、ご都合が宜しければ、今からお持ちしましょうか・・・」と嬉しい内容だったので「何処にも出掛ける予定はないので、宜しくお願いします」と返事をした。

それから一時間くらい後に事務所を訪ねてきてくれて、書類を取り出して私に見せながら「実は先生、建物が出来上がったら、固定資産税だけでは済まなくて・・・」と言いながら、都市計画税、不動産取得税、登録免許税などについての税率も説明してくれた。 それを聞いた私は、正直言って驚いた。この様なことを全く知らなかったものだから、ちょっと衝撃を受け「この様な税金の関係はどうしたら判るようになるんですか?何処で教えてくれるのですか?」とすかさず聞いてみると「宅建業で学ぶようですよ」と返事が返ってきた。

宅建業は不動産屋である。まさかとは思ったが、再度聞いても間違いないと言うので、又驚いた。土地や建物の税金の関係が「税理士」ではなく「宅地建物取引主任者」の関係にあることなぞ想像すら出来なかった私は、自分の非常識と言うより、無知を恥じた。

 この方のお陰で、何とか固定資産税の件は解決ついたが、又私の中の悪い虫が騒ぎ出したのだ。

建物に関わる仕事をしていながら、それに関わる税金の関係を一切知らなかった自分が許せなかったし、何より、今後も同じ様なことを聞かれる事もあろう・・・と思うと、直ぐに頭の中が「この知識は絶対に必要である!」と言う結論を導き出していた。

建築主に対して良い設計をするのは当然として、その上この様な知識があれば、もっと喜んで貰えるのではないかと思うと、税金の知識を学ぶ決意は確定的なものとなっていった。

よし!、それじゃあ、何から始めたらよいのか・・・と考え、取り敢えずは、まずこれに関係する本を見つけて・・・それからだ!と書店に行き、宅建の本を探し始めたのだが・・・。

                                               続きます。