Vol.02

 「〜その2〜」

 毎年「N学院」設計製図の開講日には新しい生徒の顔を見ることになるので、これは楽しみの一つでもあった。どのような生徒が来るのだろう?知っている会社の社員がいるだろうか?美人がいると良いけれど・・・などと思ったものだ。

二級建築士受験の生徒の中には、大学の教え子はいなかったけれども、一級建築士受験の生徒の中には教え子が毎年何名かがいた。開講日に「先生!お久しぶりです」と言ってくる生徒がいたので「工大の卒業生か?」と聞くと「はいそうです」と言う。

私は「そうか、元気そうで何よりだ!しかし大学で私に教わって、卒業してからも又ここで教わらなければならないとは、よくよく縁のある子達だね」と話したものだが、向こうはこちらの顔を覚えていても、私の方はよく覚えているわけではない。

何せ、講義は週一回で1対100に近い状況である、特別な印象を持った生徒でもない限りそうそう顔を覚えられるもではない。

大学を卒業して3年目に受験資格が出来るのだが、来ている教え子は殆ど女ばかりだった。

と言うのは、彼女たちはの大学卒業後の就職先は設計事務所や建設業者の設計部で施工図を書いていたりしていて比較的時間の余裕が取れていたのだろう、それに比べて男の方は建設会社に就職し現場監督の職では毎日18時過ぎから始まる講義に出席が出来ない状況下であったろうと想像した。

 ある年のこと、教え子で大学同期の仲良し女三人組が生徒になった。それぞれ広島市内の設計事務所勤務と中手建設会社に勤務し施工図を書いている子に、確か自営業をしている父親の会社で働いている子だった。

私は「兎に角、合格したかったら私の言うことを素直に聞いて、覚えて、図面に書きなさい」と言っていたのだが、この内の設計事務所に勤務している子だけは私の言うことを素直に聞かない子であった。

設計事務所に勤務して三年目になれば、そこそこには図面が書けるようになっているし、建築の意匠についても先輩の話などから少なからず影響も受けていようとは思ったが、建築士の製図の試験には意匠は一切問われない。

他の子達は鉛筆で持って製図を書くのは大学以来のことだと言っていたから、確かに設計事務所勤務の子と比べると製図表現の技術は雲泥の差があった。

 しかし、この子達は私の言うことを素直に聞いて、次第に力をつけてゆき、終了段階の頃になると、図面表現は相変わらず上手とは言い難かったけれども、課題の要求内容を間違いなく図面上に表現できるようになってきていた。

しかし設計事務所勤務の子が書いた図面は見た目は綺麗なのだが、添削して内容の表記不備や、課題要求の勝手な解釈をいくら注意しても、言い訳ばかりして一向に言うことを聞かない。

私は、N学院に来ている生徒の中に教え子がいたときには、その子達だけ盆休みに会社に来させて、特別に教えていた。

この仲良し三人組も同じように夏期休暇には三日ほど会社に来て勉強したが、設計事務所勤務の子だけは相も変わらず私の言うことを聞かない。

夏休みにわざわざ時間を取って、こちらの好意で無料で教えているのに、その意味も解せず私の言うことに突っかかってくる。少々業を煮やした私は「あなたの言い分は一級建築士を取って、自分が設計をする立場になってから建築主に言う内容であって、試験で書いた図面は採点者のところまで行って、あ〜だこ〜だと訳を言うことは出来ないんだよ。だから私の言うことを聞かないと本当に落ちるよ!」と言ってしまった。

それを聞いて、この娘はむくれた顔をしたので、私は追い打ちを掛けて「今回三人全員が一緒に合格できれば良いけれども、もし一人だけ落ちたりしたら仲良し三人組の付き合いが難しくなくなるよ!」と言い聞かせた。

そして、二ヶ月後に受けた試験の結果は、図面の下手だった二人の方が合格していた。合格した二人は年が明けてから、お礼にと、私を食事に招待してくれたので、喜んで出掛けて、共に合格を喜び祝ったのだが、幾ら社会人になったとは言え、まだぺーぺーの教え子に御馳走して貰うわけにはゆかない。

結局その後に行った飲み屋の代金も私が支払ったので、何時も何をしても高いものにつく損な性分の「ひねくれ者」である。

 その後この内の一人が結婚するので是非出席して欲しいと言ってきたので、快諾し「それはそうと、不合格になったあの娘はどうしてる?」と聞いたら「その後全く連絡もありません」とのことだったので、結果は私の言った通りとなってしまったようだ。

「それで結婚しても仕事は続けるのか?」と聞くと「いいえ、仕事は辞めます」と言うので、私は「一級建築士の資格は結婚式の花嫁道具にしたか!それなら、本当に必要な者に譲ってやれば良かったのに。あなたが合格したお陰で本当に必要だった人が一人落ちたことになる」と冗談ぽく言ったのだが、この娘は無邪気にただ喜んでいた。

しかし、「先生」と呼ばれるのはよいけれども、又結婚式には祝い金もいる・・・何かにつけて高いものつくものだ「先生」とは・・・。

 実はこれが面白い話ではありません。今から面白い話をします。

一級建築士の講義であれ二級建築士であれ、私は始めての講義前の諸注意では必ず次のように言っておいた「兎に角、試験が終わるまで酒を飲まない、Hをしない。男はHをしても良いけれど、女は絶対ダメだ。必ずこれは守ってください」と。

試験が終わり、合格発表があった後に以前「N学院」は合格者を集めてホテルで祝賀会を開いていたのだが、その席上でのことである。最初に学院長の話があり、次に講師数名がそれぞれ挨拶を終えて、乾杯の後、宴会が始まった。

そして宴たけなわになった頃に司会者の声が「それではこの辺りで合格者の喜びの声を一人一人に聞きたいと思います。どなたからでもよいので前に来てお話し下さい」と盛り上がっている会場に流れた。

全員が建築士に合格した者ばかりで、喜びも一入であり酒も入っているからか、臆すことなくそれぞれが低いステージに立ちマイクの前で嬉しさを語っていたが、「私はあ〜」と突然叫ぶような女の大きな声がしたので、みんながマイクの方を向いた。

すると彼女は続けて「二級建築士になれてとても嬉しいです!私は学院に来たとき川田先生が言った合格するまでHをしない!と言われたことを守りました。そして合格しました。そこで嬉しかったので色んな人とHをしたら病気を貰いました」とあっけらかんとして話したものだから、会場が大笑いの渦に包まれ「抱腹絶倒」と言う光景を私は初めて体験した。

しかし、これには司会者も返す言葉が見つからず、しどろもどろで言葉にならないことを言っていた。まさか「良かったですね」とは言えなかったのだろう。